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「憧れてます。」とか言ってる場合じゃない理由

 <今日のサマリ>

【今週のトピック】「憧れてます。」とか言ってる場合じゃない。
【雑談】ゴールデンウィークという憂鬱
【セミナー】ロサンゼルセミナー申込続々
【編集後記】ボクシング

【今週のトピック】「憧れてます。」とか言ってる場合じゃない。

こんにちは。河野です。
今日も開封していただきありがとうございます。

「○○さんに憧れます。」

こういう風に思う人はいますか?

相手に対する賞賛を込めていてもいなくても、
”お世辞”ならいいのです。

もし、本気でそう思っていると感じるなら・・・

「あこがれます。とか言ってんじゃねーよ。」

なんて、毒づいてしまうことが僕はあります。

僕が起業したくてしょうがなかった頃、
起業して間もない頃、
そう自分に言い聞かせていたからかもしれません。

いつも誰かにあこがれるか、嫉妬していたか、
劣等感を感じていた頃の僕にです。

ただの起業家、著名人、
ましてやブロガーなんて「あこがれる」
ものじゃないと思うからなんですよね。

2つの意味で、
ビジネスの成果が逆に遠のいてしまうかもしれません。

■あこがれる人は結構しんどい。

ちょうどこのネタを話そうと思っているとき、
日本で一番有名なyoutuberであるヒカキンさんが、
ご自身の24時間に密着する動画をアップされていました。

「楽しそう」
「好きなことして年収もすごい」

なんて”憧れ”を持つ場合も
多いわけですが、
想像をしていたものの、それ以上のハードワーク。

もちろん密着日には多少の演出はあるのかもしれませんが、
日本中の小学生を熱中させるには
訳があるんだなと。

でも、僕も近しい人で、
誰か多数に「あこがれられている人」というのは、
例外なくハードワークです。

長時間の労働というだけじゃなく、
生活のほとんどが「その事(ビジネスなり活動)」に
ささげている(集中している)という意味です。

ハードワークをすれば必ずあこがれられるわけではありませんが、
「あこがれられている人」はすべからずハードワークだなと。

この事実は基本中の基本として知っておくべきですね。

世界中を旅行して稼いでいるトラベルブロガーなんて憧れられやすいのですが、
世界中を旅行し続けることのハードさというのはやらないと理解できないかもしれませんね。

■あこがれるあの人は悩みと問題ばっかり。

起業って不思議と、
年収を三千万とか人よりは高額に稼いでいたり、
好きなことで生計を立てているキラキラしている人は
もうすごろくでいうところのゴールに到達していると思っている人は多いです。

絵本でいえば「幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」って状態。

僕も若い頃ってそういう風に思っていました。

そんなわけないんですよね。

人生はバランスで出来ていると思うんです。

嫌なこと、失敗、苦労、トラブル、
いくらでも起こっているはずです。

起業して会社を辞めて口座にお金がないときの苦悩と同じくらいの苦悩が順番に訪れているんですよね。

ビジネスのことかもしれません。人との関係のことかもしれません。健康上のことかもしれません。家族の

ことかもしれません。恋人のことかもしれません。コンプレックスのことかもしれません。

おそらく、苦悩と悩みを抱えてない人、
定期的にそういうことが起こってない人は、いないのじゃないかなと。
(当たり前ですが)

僕は仕事がらそういう苦悩を聞くことが多いので、よくわかります。

もちろん、僕も同じです(笑)

■でもあこがれるあの人は人生楽しい

じゃー「あこがれられる人」は、
幸せじゃないし、何も成し遂げてないし、
ただ苦労を抱えているだけなのか?

そんなわけありません。

おそらく、いや、きっと幸せです。

そこには、何かをやり遂げた感、自己肯定感があるからというのもあるでしょう。

でも一番大きな理由は、「自由」だから。

自由なんて定義を話し始めると、終わらなくなると思うんで、
簡単にまとめると自分で選択しているからじゃないかと思うんです。

何か悩みごとができても自分ですべてを選択する自由があるからです。

同じ悩みの度合いの事柄でも、
「あこがれる人」に対して「あこがれられる人」は、
すべてを選択しているという感覚が圧倒的に違うのじゃないかなと。

■あこがれられる人に一瞬でなる方法

ここまで考えると、
「めでたしめでたし」というゴールを目指して
「あこがれる」のは、とってもナンセンスだと思いませんか?

本当は「あこがれる人」が唯一手に入れていて
自分が手に入れていない「すべてを選択できる状態」になればいいって話しなんです。

ということは、
いつかなりたいとかいって、権威に媚を売っている場合じゃなくて、
さっさと自分も選択している状態になればいいって話じゃないのかなと。

「めでたしめでたし」のゴールを目標とか夢とかにしてしまうと、
それだけで権威主義的ですよね。

そもそも、そういうケースは
権威主義、権威主義的パーソナリティが関係あるのだろうなと。

権威主義的とは、雑に言えば強者(またはそう見える)人を無条件に受け入れる姿のことです。

これに気がつく一番いい方法がひとつあります。

自分が「あこがれられてみる」ということなんです。

別に1万人からあこがれられろなんていうことじゃなくて目の前にいる人でもいいんですね。

手順は簡単。

ステップ1:ビジネスなり活動を始めましたと発信する(言うだけでもいい)

ステップ2:「どう?」と聞かれたときは「最高に楽しいしうまくいってます。お客様へも好評です。あり

がとうございます。幸せです」と言い切る。どう?と聞かれてなくても同じことを言う。

ステップ3:繰り返す

これで目の前の人は憧れたりすることがあります(笑)

逆に別の人に同じ日に、「いやー苦戦しているのですよね」と言ってみてください。

その人はせっせといかにあなたには無理か、そんなビジネスうまくいかないかを丁寧にアドバイスしてくれ

ると思います。

こうなると「人からの評価のあいまいさ。」がよくわかると思うんですよね。

■イマ、スグニヤレ

もちろん、ベンチマークとして、なりたい姿の人を論理的に客観的に分析して真似するのはビジネス上とて

も有効です。

でもそれは「あこがれる」のとはちょっとニュアンスが違いますよね。

ゲーム実況を真剣に見ている子供たちによく言います。

「見て楽しむほうじゃなくて、やって楽しませるほうになってみれば?」

「楽しさを人からソファーで座って与えてもらってんじゃねーよ!」

「ママに怒られても面白いならやり続けてみれば?」

これは偽りない僕の本音なんですよね。

あこがれる人に近づきたいなら、
あこがれている場合じゃありません。

あこがれる人が行うハードワーク、苦悩を受け入れるけど、
自分ですべてを選択できる自由を大いに楽しみ、
粛々と、コツコツと成果を求めて行動する。

これが大事なのかもしれません。

【雑談】

ゴールデンウィーク

映画館が満席になったことからという語源ですが、
僕は結構憂鬱です。

こういう人がワーッと出かけて渋滞混雑しているのが嫌で自分で商売しているといってもいいくらいだから

です。

でも!気がつきませんでした。
家族がGWだけ休みだと、そんなの関係ないんですよね。

【お知らせ】

海外在住ネット起業セミナーinロサンゼルス2017/6/17
申込順調です。残席気になります。お早めに。

ロサンゼルスの方へセミナー6月17日土曜日で
人数限定です。お早めにお申し込みを。

【■編集後記】

5歳の息子がボクシングをやりたいと言い出しました。

「やりたい」はスルーしないようにしたいので
せっせとググって見つけました。

「キッズコース」があるジムです。

受付のときに、
「本当に来ますか?本当に?」
とスタッフの方がおっしゃっていたので
気にはなっていたのですが後でその理由がわかります。

プロをいつもは養成している会長自らが親切に指導してくださいました。
シャドーボクシングから始まり、
サンドバック、ミット打ち、体幹トレーニングまで。

さすがプロ。息子がサウスポーなのもすぐに見破ってました。

でも「通えないな」という結論に。

息子は「ぜったいやりたい!」と鼻息が荒いんですが、
基本ボクシングは個人で鍛錬するものなんですよね。

なのでジムに行くと自分で設定したプログラムを自分で粛々とこなすのが習うという意味になるそうです。

僕はトレーナーのように毎回やってあげるならできそうですが、僕がやると思えません。

小さい子供に格闘技をやらせる親も多いのになぜみんな空手なのかなと思っていたんですが
理由がわかりました。

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